「障害の社会モデル」という考え方が好きだ

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障害の考え方

障害には、「社会モデル」と「医学モデル」の2つの考え方があるそうです。それぞれの考え方は以下のとおり。

社会モデル

障害のある人が日常生活又は社会生活で受ける様々な「制限」は、その人の心身機能の障害のみが原因なのではなく、社会の側に、様々な障壁があることによって生じるもの

医学モデル

制限は個人の心身機能の障害によるもの

私の考え

私自身は義足ユーザーで障害者ですが、障害があることでいろいろ不便に思うこともあります。

一方、私は目は良く、裸眼で生活しています。世の中には、メガネやコンタクトレンズがなければ生活できないような方もいますが、その方達は障害者ではありません。なぜなら、障害があると感じないくらいにメガネやコンタクトレンズが普及しており、生活に支障がないからです。

これって、とても素晴らしいことだと思うんですよね。目が悪くて周囲が見えないなんて、きっと人間が野生の生活をしていたらすぐに生死に関わると思います。現代の生活でも、視力を簡単に上げられる眼鏡やコンタクトがない世界であれば、視力の悪い人には障害者手帳が交付されていたことでしょう。

視力が悪いという大きなハンディキャップを、メガネやコンタクトレンズという文明(社会)の力で克服しているということだと思います。

他の障害についても、同じように克服できるのが理想の社会だと思うのです。実現可能かはともかく、理想として抱いて、そうなるように世界が進んで行くといいなと思っています。

私は大腿義足ユーザーですが、やはり眼鏡やコンタクトユーザーの方よりも制限は多く、不便です。

「足を切断しているのだから当然」と思われるかもしれません。まあそれはそうなんですが、視力が悪くても何も問題なく生活できる世の中なのだから、他のすべての障害についてもそうなったら素敵だなと思うのです。

ほなら重病はどやねん、障害の程度にもよるやろ、などなど意見はあるかと思います。理想として、すべての人が不自由なく生活できる社会を夢見たいというのが僕の言いたいことです。

世界がより良くなっていくことを願っています。ではでは!

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